日本の第2代天皇
綏靖天皇(すいぜいてんのう)
誕生 神武天皇29年(紀元前632年?)
崩御 綏靖天皇33年5月10日(紀元前549年6月28日?)
在位期間
綏靖天皇元年1月8日 -
同33年5月10日(紀元前581年2月23日? - 紀元前549年6月28日?)
父親 神武天皇(じんむてんのう)
母親 ヒメタタライスズヒメ
| 天皇家の略系図 | |||||||||||
| 神 武 天 皇 |
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| ┌ | ┼ | ┐ | |||||||||
| 神 渟 名 川 耳 尊 |
神 八 井 耳 命 |
手 研 耳 命 |
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神武天皇は手研耳命(たぎしみみのみこと)、神八井耳命(かむやいみみのみこと)、神渟名川耳尊(かむぬなかわみみのみこと、綏靖天皇)の皇子がいた。
年長の手研耳命(たぎしみみのみこと)は二人の弟とは腹違い。
※手研耳命(たぎしみみのみこと)
父親 神武天皇、母親 吾平津姫(あひらつひめ)
手研耳命は長く政治に関わってきたが、人柄が良くなく良くなかった。末弟の神渟名川耳尊は幼い時から性格も良く、大人になると武芸にも優れ志も高かった。
神武天皇が崩御すると手研耳命は権力を手にし、2人の弟を亡きものにしようとした。神渟名川耳尊は母の歌からこのことを察知し、神八井耳命とともに手研耳命を襲い、これを討った。この際、神八井耳命ト足が震えて矢を射ることができず、代わりに神渟名川耳尊が矢を射て殺した。
この一件で、神八井耳命は皇位を弟に譲り、神渟名川耳尊が即位した。
『古事記』には、45歳で没したといい、『日本書紀』によれば、綏靖天皇33年(紀元前549年?)5月に84歳で没したとされる。

